2004年度 天体核研究室の活動報告

犬塚修一郎(天体核研究室)

 

2004年度の天体核研究室の構成員は以下のようにM1まで含めると、総勢27名である。

教授 中村卓史

助教授 犬塚修一郎 田中貴浩 早田次郎

助手 山田良透

PD 長島雅裕 西條統之 鈴木建 玉置孝至 川村麻里

D2 小林努 田代寛之 菅野優美 疋田渉

D1 下野五月 須山輝明 道越秀吾

M2 吉川真 井上剛志 当真賢二 横山修一郎 大橋昌史 河村龍治

M1 泉圭介 雁津克彦 廣瀬泰秀 北川仁史

構成員はさまざまな宇宙物理の問題に取り組んでいるが、大別すると、以下のような4つのカテゴリーに分けられるだろう。

1. ブレーン・ワールド宇宙論、インフレーション等

2. 銀河形成、星間媒質の物理、星・惑星形成理論      

3. プラズマ物理・高エネルギー天体物理・重力波天文学

4. その他の宇宙物理における基礎的な諸問題

以下にそれぞれの研究活動についてごく簡単に紹介する。

1.宇宙論

■ブレーン・ワールドにおける宇宙論的摂動論

Randall-Sundrumブレーンワールドで、余剰次元があることによって重力波摂動が受ける最低次の補正を正確に求め、低エネルギーで補正が十分小さいことを示した。小林&田中 JCAP 0410:015,2004, e-Print Archive: gr-qc/0408021

Einstein-Gauss-Bonnet重力におけるブラックストリング解

Gauss-Bonnet項という高次の曲率項を含んだ重力理論において、5次元のブラックストリング解を数値的に構成し、その性質を調べた。得られた解の(Gregory-Laflamme)不安定性を議論することが今後の課題である。小林&田中 gr-qc/0412139, Phys. Rev. D投稿中

■高次元時空を用いて宇宙項問題へアプローチするモデルの数値解を求めた。この解により、余剰次元の曲率がブレーンの張力を「薄める」効果を確かめた。下野五月&千葉剛(日大文理)PRDに投稿中

■多様化するインフレーションモデルに対して観測から制限を与えるために、より一般化された広いクラスのモデルに対応した揺らぎのスペクトルの解析的な表式を得た。その表式は過去に得られた表式を含む統一的なものとなっている。 横山、田中貴浩、佐々木節、E. D. Stewart, J. O. Gong & H. C. Lee

インフレーション終了後におこるpreheatingでは、観測と矛盾するくらいのBHはできないことを示した。須山、田中、Bassett(ポーツマス大)、工藤(東大)  PRD in press. 図1は宇宙のpreheatingの時期に密度揺らぎの成長を格子上で実行した結果を示す。

■原始宇宙磁場によって生成される宇宙背景放射の温度ゆらぎおよび偏光ゆらぎの計算、および、それによる原始磁場の制限の可能性の研究を行った。田代、杉山(NAO)、Banerjee (McMaster) & Jedamzik (Montpellier II)

co-dimensionの高い6次元のブレーンモデルで、ブレーンの厚みを考慮した有効理論を構築した。菅野&早田 “Quasi-Thick Codimension 2 Braneworld”, JCAP 07, 002 (2004)

■ブレーン宇宙論の低エネルギー近似法に関する招待レヴューを行った。菅野&早田

“A Unified View of RS Braneworlds”, QG issue of TSPU Vestnik 7, 15-24 (2004)

■高次元モデルで、非線形の4次元有効理論を構築するのに良く用いられる近似法に関する妥当性を議論した。菅野&早田“On the Validity of a Factorizable Metric Ansatz in String Cosmology”, Phys. Rev. D71, 044031 (2005)

 

2.天体形成論

銀河形成・進化の現象論

Cold Dark Matter仮説(ボトムアップ説)に基づく銀河形成の現象論的モデルを学振PDの長島氏が中心的に進めている。具体的には、N体シミュレーションに基づく銀河形成モデリング(長島、矢作、榎、吉井、郷田、ApJ submitted)矮小銀河における超新星爆発による質量放出への力学応答の効果(長島、吉井 (2004, ApJ, 610, 23-44)Type Ia型超新星による重元素組成進化(長島Lacey, Baugh, Frenk, Cole (MNRAS in press、及び、長島、岡本 ApJ submitted)、クェーサーのスペクトルに吸収線として現れるガスの多いシステムの個数、重元素量と矮小銀河の関係の解析(大越、長島 ApJ in press)、銀河中心ブラックホールとクェーサー形成と巨大ブラックホール衝突からの重力波の研究(榎、井上、長島、杉山ApJ 615, 19-28, 2004)などである。

 

銀河系内の星間媒質の物理過程の研究

○星間媒質における乱流状態の物理的起源を解明するために、星間媒質を構成する冷たい原子ガス(微小星間雲)とそれを取り巻く暖かい原子ガス(星雲間ガス)の遷移層の安定性を線形解析の方法で解析した。その結果、星間雲が星雲間ガスへと蒸発転移する場合には遷移層は不安定であるとの結果を得た。この結果は星間乱流の正体が、暖かい星雲間ガスの中を冷たい微小な星間雲が複雑に飛び回るという状態であることを示唆する。井上&犬塚 ApJ投稿予定

○銀河内の体積の大部分を占める希薄な星間ガスは、熱的に双安定(暖相、冷相)であり、そのダイナミクスは流体の相分離として捉えることができる。今回は球対称の冷相の発展を調べた。これは相間の界面が非摂動的に曲がっている場合の発展の理解への示唆を与える。長島、小山(神戸大)&犬塚 MNRAS 2005, accepted (astro-ph/0503137)

○熱不安定性の非線形発展における熱伝導の重要性を指摘し、(非)線形数値計算において満たすべき条件“Field condition”を明らかにした。 小山(神戸大)&犬塚 ApJ 602, L25, 2004

○上記の研究成果全般を含めて、熱不安定性と相転移に関して、国際会議での招待レヴュー講演を行っている。犬塚、小山(神戸大)&井上 AIP Conference Proc. (2005) in press

 

大質量星形成後の分子雲の進化

大質量星が分子雲の中で形成された後、その強い輻射により、周りの分子ガスを電離・解離・圧縮などを通して掃き集め、再度、高密度分子ガスの圧縮層を作る過程を輻射流体力学的数値シミュレーション及び解析的理論により明らかにした。この高密度圧縮層は重力的に不安定となるので、次世代の星形成過程へと導くことが予想される。細川(基研)&犬塚ApJ 623, 917 (2005)

            

惑星形成理論

1995年に51Pegという星の周りの惑星が発見されて以来、太陽系外の惑星に関する研究は急速に発展している。現在までに発見された惑星の数は百以上であるが、それらはすべて質量の大きい木星型のガス惑星だと考えられている。もちろん、太陽系外に質量・サイズ共に小さい地球型惑星を探すことは困難を極めているが、それを発見することの科学的・社会的意義は計り知れないため、世界中の研究者があらゆる工夫をして取り組んでいる(例えば、Kepler衛星計画等)。おそらくは、地球型の惑星の発見はもはや時間の問題であろう。

この惑星科学の急速な発展は、生命の起源の研究などを含めたさまざまな関連分野の研究の発展を促す天文学・天体物理学の大きな流れであり、我々天体核研究室のメンバーも強い興味を持って、関連する研究を進めている。

 右上に示した図は、「京都モデル」と呼ばれる惑星形成の標準モデルであるが、理論的な面でも種々の問題点が指摘されており、抜本的な見直しが必要だと思われている。

2004年度の我々の研究としては、以下の3点に集中した。

原始惑星系円盤の高密度塵粒子層におけるシア不安定の線形解析

ダスト(塵粒子)がガス円盤の赤道面に沈殿すると、回転軸方向の速度差(シアー)のために、ケルビン・ヘルムホルツ不安定性が起きる可能性が指摘されていた。しかし、これまでの解析では、ガスとダストの速度差を無視した解析しかなかったので、より正確な線形安定性解析を行い、幅広い条件のもとでのシナリオの是非が議論した。道越&犬塚 ApJ投稿中(astro-ph/0412643)

原始惑星系円盤の電離度と磁気乱流の解析

温度が数百度程度で高密度の始惑星系円盤での電離度は低いと考えられていたため、これまでの惑星形成理論は磁場の効果は重要視されていなかった。しかし、図3に示すような正のフィードバック・プロセスが働いて、磁気乱流状態での準定常的なエネルギー散逸が電離度を上げる効果をもたらし、原始惑星系円盤で磁気乱流状態が継続することを示唆した。この結果が一般的に正しいと仮定すると、これまでの惑星形成理論は大きな変更を迫られることになる。犬塚&佐野(阪大), ApJL印刷中(astro-ph/0506131)

乱流ガス中での塵粒子の運動道越&犬塚

前述の電離度解析の結果、原始惑星系円盤では終始磁気乱流状態にあると考えられる。この中での塵粒子の合体・成長・沈殿・降着過程が惑星形成論にとって重要である。したがって、その研究を世界に先駆けて進めている。最終的には、塵粒子を含む弱電離ガスと磁場の相互作用をフルに考慮した微惑星形成過程を調べる必要性がある。

 

3.プラズマ物理及び高エネルギー天体物理

太陽コロナの加熱と太陽風駆動メカニズムの解明

現実的な輻射加熱・冷却関数と熱伝導を含めて、密度にして15桁にわたる数値シミュレーションにより、太陽表面の磁場の擾乱がコロナ加熱と太陽風の駆動をもたらすことを明らかにし、それが観測結果と定量的に合致することを直接的に示した。これは、太陽表面での乱流等により生成された波動が、外向きに伝搬する過程で減衰し、天体外層部を加熱加速することを、長時間数値シミュレーションにより直接的に示したものであり、減衰過程として、従来言われていた衝撃波だけでなく、波の反射も重要であることが分かった。この研究により、長年謎として残っていた太陽物理の大問題に直接的に解答を与えたものであり、少なくとも、太陽の両極域にあるコロナ・ホール上空のコロナ加熱・加速問題は解決したことになる。鈴木&犬塚(ApJL投稿中)

■磁気回転星での速い磁気流体波の無衝突散逸

回転星では、星外層部で渦巻磁場構造を形成するが、そのような環境下を伝搬する速い磁気流体波動は、磁気瓶効果による無衝突減衰が非常に効果的に効くことが分かった。この過程は、低質量星のみならず、大質量星でも重要であることが示唆される。鈴木、H. Yan, A. Lazarian, J. P. Cassinelli (U. Wisconsin-Madison)  ApJ投稿中

■原始中性子星でのアルフベン波の役割と、r過程元素合成

重力崩壊型超新星直後、中心に残される原始中性子星からは、ニュートリノ加熱により星風が吹いており、この星風内は速い中性子捕獲反応の格好の舞台であると考えられている。この星風にもしアルフベン波が存在したら、星風構造が大きく変更を受け、速い中性子捕獲反応が促進され得ることを示した。鈴木&長滝(基研)(astro-ph0412362; ApJ印刷中)

 

高速回転する相対論的な大質量星(J/M2 ~ 1)の重力崩壊のコンフォーマル・フラット時空近似 (3+1)形式の流体シミュレーション 西條 ApJ 615, 866 (2004), 他、PRD投稿中論文多数。

■連星中性子星合体の数値計算の予備的考察(初期データ設定等)。川村、西條、田中

 

重力波輻射反作用力の定式化の推進

重力波観測に用いるテンプレート(理論波形)の作成を目指して研究を進めている。疋田、田中、Sanjay Jhingan (Basque U., Bilbao), 中野 寛之(大阪市大),佐合 (阪大), 佐々木 (基研), Prog.Theor.Phys.111:821-840,2004; 及び113:283-303,2004

ガンマ線バーストの現象論               

Yamazaki et al. (astro-ph/0410728)が提唱したロングγ線バーストとショートγ線バーストの統一モデル(図4の左図)に基づいて、バーストの継続時間分布をモンテカルロ・シミュレーションし、観測された二極性を再現することを示した。右図は理論的に推測された観測の頻度分布(横軸は時間、縦軸は頻度)。当真、中村、山崎(阪大) ApJ 620, 835 (2005), (astro-ph/0502474, 0504624)

4.その他の基礎的な問題への取り組み

Black hole solutions coupled to Born-Infeld electrodynamics with derivative corrections

電磁場にストリング張力の補正を取り入れるとBorn-Infeld作用という1930年代に考えられた形になる。この補正はブラックホールの性質に影響を与える事がわかっていた。しかし、Born-Infeld作用は電磁場が場所によって変化しないという仮定のもとで導かれており、ブラックホールでは当然破れている仮定である。このため、本研究ではBorn-Infeld作用に電磁場の微分項の補正まで入れてブラックホールの性質を考察した。ブラックホールの質量やホーキング温度という基本的な性質が、微分項を含めない場合とは逆方向に変化する事がわかり、この補正の重要性がわかった。玉置JCAP 2004年5月5巻004番

Universal area spectrum in single-horizon black holes

---ブラックホール準固有振動を考えると、振動数の虚部が無限になる極限は、時空が元に戻る緩和時間0の極限に対応する。単純には、ブラックホールからより小さなエネルギーを取り出すのにかかる時間はより短くて済むと思われるため、この極限での振動数の実部から決まるエネルギーが、取りうる質量変化の最小値、と予想する。さらにブラックホール熱力学第一法則を用いる事で面積変化の最小値を予想すると、これはループ量子重力理論によって定められるものと対応する。これまではシュワルツシルトブラックホールでのみ成り立つ偶然だと思われていたが、内部ホライズンを持たないディラトンブラックホール等の準固有振動では同じ性質が成り立つ事を示した。これはループ量子重力理論との関係を示唆するものとして興味深い。玉置&野村(早大) PRD, 2004年8月70巻044041番

■重力レンズによる増光率を計算する際によく用いられるthin lens近似の精度の評価

須山、高橋(NAO)、道越(ApJ投稿予定)

■球/平面/双曲対称Einstein-massless-scalar-field系における自己相似解の拡張と解の分類

吉川(修士論文)

■(特殊)相対論における散逸過程の定式化の試み 犬塚

■4次元のdeSitter時空上のmassless scalarの2点関数はwell definedde Sitter群の作用に対して不変な真空が無い。5次元のブレーンモデルにおける同様の問題の考察

田中、Oriol Pujolas (基研)

■赤外線位置天文観測衛星(JASMINE)計画の推進

近赤外線を用いて10μasの位置天文観測を行なうことにより、距離指標の問題、銀河系の進化や力学構造などの問題をより詳細に取り扱う。これにより、恒星進化や一般相対論の高次効果の検証などへの応用も期待される。山田